京都西山岳会

京都西山岳会の山行記録など

初めての槍

2007-09-15
 確か神戸に帰ってたから、平成8年の夏か。Johnに誘われ、3回の夏合宿での暴風雨の乗鞍岳以来の北アルプス行きとなった。IBSで、色々買い込んで準備。彼とHは北鎌狙いで、私は遅れて槍沢から入り、上で合流の手はずだった。Hとは、これに先立つ半年前に、3人で雪の伊吹山に登って以来だった。

 装備と資料は準備したものの、いかんせん経験が無いのでJohnに根掘り葉掘り聞くが、生来楽天家の彼はあまり心配ということをしたことが無さそうだった。スカウト上がりの私も、計画に重きを置きすぎる嫌いはあるのだが・・・。

 取っ掛かりから、冷や冷やものだった。朝1から出ることができず、昼前にようやくクルマを出す。単車のつもりで松本ICまで半日かからんと高をくくっていたが、車はどうしても流れに左右されてしまう。さすがに後が気になるので、食うものも食わず飛ばす。

 沢渡に着くと、数十分後に最後の上高地行きのバスが出るとのこと。着替えるのが精一杯で、ここでもメシも何も食えず。上高地に着くと、もう陽は落ちかけており、情報を得ていなければここらで野営していたろうが、せめて徳沢までは、と歩き出す。明神を過ぎたあたりで真っ暗。ヘドランを消すと本当に真っ暗で、六甲山との山深さの違いを痛感した。

 真っ暗な川っぺりの道を歩いていると、道に寝ているやつがいる。妙な若いやつで、もう歩けないから寝ていると言う。徳沢までどのくらいか聞かれるが、こちらも初めての道ゆえ答えようもなく、別れる。数分も行くと、徳沢の入り口に着いた。彼を呼びに戻ろうか、とも思ったが、まあええか、と放っておく事にした。

 テン場らしきところに着き、係りも誰もいないので適当に設営。今日初めての飯らしい飯にする。明日早いので、早めに就寝。

 早朝に目覚め、テントから顔を出す。皆、どんどん出発していく。朝のこの雰囲気は、本当にすがすがしく、来たんだなあ、という気にさせられる。とっとと撤営し、非常食を少しパクついて出発。このメシ対策の甘さが後に響くことになる。

 同じように準備中のお隣さんが不審そうに私を見るが、何一つ迷惑をかけた覚えもなく、無視する。出てしばらく行ってから、ふと気づいた。あのテン場、無料なんか?夜遅く着いて朝早く出たために誰にも挨拶せずだったが、実は有料やったんか?アイツ、それでにらんどったんか?正にその通りだったのだが、まあええか、と放っておく事にした。

 横尾を過ぎ、ようやく山道らしくなってきた。あまりになだらかな道が続いて標高が稼げず、気になっていたのだが、ここから本格的に登り始める。最も心配すべきスタミナには気を使わず、コースにばかり気を取られていた。槍沢ヒュッテで少し休み少し食い、先を急ぐ。

 大曲を過ぎた辺りだったろうか。急に足が前に出なくなってしまった。高山病というほどの高度でもないし、体調も悪くない(と思っていた)のに、どうにもペースが上がらない。休み休み、グリーンバンド下まで辿り着き、大岩に座り込んでしまった。

 とにかく手持ちの非常食を食べるが、なかなかenergyになってくれない。Camper出身で3食食べるものと思っている頭のままで本当の非常食しか持っておらず、いわゆる行動食といえる物が少なかった。水も少ない。

 動く気になれぬまま、猿が来るかとガスに包まれた山を見ていると、Johnが空身で降りてきてくれた。「シャリバテですね」とのこと。初めて聞く言葉だ。情けないがザックを預かってもらい、上に向かう。2泊にしては、ザックが重すぎるとの事。えらい急登だがよく分からずついて行くと、ヒュッテ西岳に着いた。ここで食った味噌汁は、メチャ効いた。何もかも、energy不足の所為と分かった。

 少し元気になって槍に向かい、肩の小屋でJohnと牛丼をかっ込んでいると、窓から覗く者がある。じっと待つ身の木下だった。いつかと違い、髭が無い。二人に聞くと、北鎌の取り付きまでは行ったものの、結局表銀座に戻ったそうで、すでに昨日着いていたそう。

 昨日は天気も良く絶景だったそうだが、今夜の雲行きは、相当怪しそう。あまり気に留めてなかったが、日本海を熱低が北上中でその影響がありそう、と。これまた遠いところの話で、高度感の無い者にはなかなかピンと来ない。しかし、この夜その甘さを身をもって思い知ることになる。

 テン場を申し込み、設営。フラットで良い所が空いており喜ぶが、これまたぬか喜びで、ちょうど稜線の一番風のきついとこだった。昨夜に続き2泊目となるゴアライトを張る。風に飛ばぬよう、一応の対策は施しておき、降る前に、と3人で穂先へ。

 乗鞍岳以来の北アだが、岩場やらハシゴやら初めてである。どこに道があるのか、と見上げていたが、ルートはあっても道は無い、って訳だ。よじ登るしかないが風が強く、体勢を崩されるのを警戒し慎重に登る。

 やっと穂先に着いたが、祠があるっきりで何も見えない。どっちを向いても真っ白で、風もどんどん強くなるし、早々に降りる。肩に着くと、一時的に少し晴れ、悔しい思いをする。しかしこの晴れ間が最後になろうとまでは、思っていなかった。

 いよいよ雨も降り出し、テントに潜り込む。適当なメシを食って横になるが、北側からの風がむちゃくちゃ強く、テントが押しつぶされそうである。南側か、いっそ北側でもましだったろうが、何せこの稜線は風の通り道。しっかり挨拶して行ってくれる。

 しかも何故か雨が入って来るので見ると、間の抜けたことにベンチレータが北に向いて開いており、吹き込んでいる。慌てて閉めるが、閉めても風圧が強く、完全には止まらない。中に水が溜まってしまい、下手にゴアなので出てくれず困る。

 はじめは絞ったり色々していたが切りが無いので諦め、洪水は無視してシュラフに潜り、シュラフカバーとザックカバーの中以外、ずぶ濡れのまま眠りにつく。

 朝早く、目が覚める。状況は少しましだが大して変わらない。数時間でも、あの中でよく眠れたと思う。John達に声をかけ、撤営に入る。

 荷物はすぐ片付くが、ザックを出すとテントが飛ぶし、出さねば畳めないし考えてしまう。四隅のポール受けはすべて壊れ、新品とは思えぬ様だった。風に逆らってテントを広げ、とにかく水を出す。ザバーッて感じで出て、ここで寝た自分に呆れて笑ってしまう。

 パッキングして小屋に行くと、小屋泊の人たちが呆然と外を眺めている。一歩も出られない、そんな様子の彼らを尻目にテント札を返し、外に出る。

 旧式のフレームザックにテープで縛りつけたザックカバーだが、どう付け直しても風にあおられてしまう。仕方ないので、これはそのままで行く。

 南側でもあり風も弱まるが、たまに突風が来る。この時は耐風姿勢で耐えるが、来るたびに止まるのでなかなか進めない。沢筋には雪も残り、足を取られぬよう注意して通過。

 昨夜からの雨で行きには何でも無かった所が急流の川になっている。鉄砲水でも出たら・・・とも思うが、目の前の足元のほうが忙しく余計なことまで考えられない。いくつかの川を慎重に越すが、水勢が強く川床の石がゴロゴロと音を立てて流されている。足を滑らせれば、下に見える川まで一直線だ。

 雪渓跡か、スノーブリッジ状に雪の残った太い川に出た。昨日、こんなのあったろうか?たぶん昨日はもっと下の河原を歩いたものと思う。とにかく、渡るしかない。前を行く一行が、一人ずつ慎重に渡っていく。

 中央部が緩いアールになっており、濡れている所為かよく滑るよう。数人に一人、必ずコケているが、笑える状況ではない。大勢が通れば通るほど、スノーブリッジの寿命が縮まっていくのだ。いつかは、落ちる。

 自分らの番になり、一人ずつ渡る。滑らないよう気をつけるが、アッ、と思ったときにはコケていた。一瞬、恐怖が走る。アンザイレンすべき状況だったのかもしれない。ザイル、持ってなかったけど。

 えらい天候にもかかわらず、上がってくる人もいる。ズタボロになった100円カッパで上がってきたど根性の少年二人組にも驚いたが、もっと驚いたのは吹っ飛びそうなカサを握り締めた家族連れで、何を間違ってか槍沢のテン場近くまで上がってきていた。横尾辺りで、誰か止めなかったのだろうか。すれ違う山屋の風体を目にし、彼らもさすがに動揺していた。

 荷物の所為か歩き方の所為か、横尾辺りから膝が痛くなってきた。明神でJohnがザックを換えてくれると少し楽になったが、どうやら使いすぎのようだ。2日間で標高を1500m上げて1500m下げたことなんか、かつて無かったし。のろのろペースで二人に迷惑をかけつつ、昼ごろには上高地に到着。カレーを食って生き返る。

 バスで沢渡に降り、運転用のスニーカーに履き替えると、ウソのように足が楽になった。膝を労わりつつクルマで京都へ。壊れたゴアライトはIBSに持ち込み、アライで無償修理をしてもらい、壊れたポール受けはメチャ頑丈になって戻ってきた。

 翌月、山渓を読んで驚いた。あの同じ日の午後にスノーブリッジが崩れ、一人落ちたという。朝、小屋で日和っていた人らの誰かだろうか。早く出て良かったが、こんなのただの運で、技能が優れていたわけではない。しかし逆に考えると、技能が優れていても運に見放されることもあるということになる。

 今回の山行は、散々な目には遭ったがいい経験になったし、何よりも一歩間違えば人の命を奪う自然というものに僅かでも対峙出来たことは、後の山行のための得がたい教訓になった。
Posted by hongmong at 04:25:31Comments(0)TrackBack(0)

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